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千葉地方裁判所 昭和54年(ワ)338号 判決

原告 三里塚芝山連合空港反対同盟 外一名

(甲事件)被告 運輸大臣

(乙事件)被告 国

訴訟代理人 篠原一幸 川勝隆之 小野耕造 藤本幸弘 高野幸雄 大池忠夫 外六名

主文

一  甲事件について

原告らの被告運輸大臣に対する訴をいずれも却下する。

二  乙事件について

原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲乙両事件について、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  甲事件について

被告運輸大臣が別紙目録記載の物件につき原告らに対してなした同目録記載の処分はこれを取消す。

2  乙事件について

被告国は、原告らに対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一六日から完済まで年五分の割合による金員並びに右同日から別紙目録記載の処分が失効するまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。

3  両事件について

訴訟費用は被告らの負担とする。

4  右2につき仮執行宣言。

二  被告運輸大臣の本案前の申立

1  被告運輸大臣に対する訴をいずれも却下する。

三  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の存在

被告運輸大臣は原告らに対して別紙目録記載の処分(以下「本件処分」という。)をなした。

2  当事者

(一) 原告ら

原告らはそれぞれ本件処分を受けた別紙目録記載の物件(以下「本件工作物」という。)の所有者(原告三里塚芝山連合空港反対同盟、なお同原告を以下「原告反対同盟」という。)及び管理者(原告石丸修三)であり、本件工作物をそれぞれ居住、宿泊及び新東京国際空港(以下「新空港」ともいう。)建設反対運動の集会のための事務連絡等に使用していた。

(二) 被告ら

(1) 被告運輸大臣は新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(以下「緊急措置法」という。)三条一項により新空港およびその周辺の一定の規制区域内に所在する工作物等を同条項各号の用に供することを禁ずる権限を有する。

(2) 被告国は被告運輸大臣の違法行為につき国家賠償法により責任を負うものである。

3  本件処分の違憲性

(一) 緊急措置法は法制定の経緯・態様に照らして拙速を免れず、法全体として違憲無効であるが、本件処分の根拠となつた同法三条一項は以下のとおり憲法二一条一項、同二二条一項、二九条一項及び同条二項、同三一条、同三五条に違反するから本件処分も違憲無効である。

(二) (憲法二一条一項違反)

緊急措置法三条一項はその一号において「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用」に供され、または供されるおそれがあると認められるときを当該工作物の使用禁止命令発動のひとつの要件としている。右は明らかに憲法二一条一項に定める集会の自由の保障に反する。

(三) (憲法二二条一項違反)

緊急措置法三条一項一号は「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用」と定め、同項三号は「(前略)暴力主義的破壊活動者による妨害の用」と定める。

これらは現に建物に居住している者の居住をも制限する適用を可能にし、憲法で定める居住の自由を侵すことになる。

(四) (憲法二九条一項、二項違反)

憲法二九条一項は「財産権はこれを侵してはならない」と定める。所有者が所有物件を自由に使用することができ、公権力の制限は許されないという原則を定めたものである。同条二項は「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」と規定し、前記の原則が制限される例外は公共の福祉と法律による定めの二条件を満たしていることを要求する。

緊急措置法三条一項は所有者が物件の使用をなすことを制限するものであつて、何ら合理性がなく、公共の福祉による制限の範囲に含まれず、かつ「暴力主義的破壊活動(者)」(一ないし三号)、「妨害の用」(三号)、「供されるおそれ」(本文)といつた不明確な要件の認定を運輸大臣に包括的に委任するもので法律による定めとは言えない。

従つて右条項は憲法二九条二項に適合せず、同条一項に違反する。

(五) (憲法三一条違反)

憲法三一条の適正手続の保障は刑事手続に限らず、行政手続にも要請されるものである。緊急措置法三条の処分については告知、弁解、防禦の機会を与える規定を欠き、かつそのような機会を与えた事実もないのであるから本件処分は憲法三一条に違反し無効である。

また前項後段に主張したとおり緊急措置法三条一項は運輸大臣の認定基準が著しく恣意的一般条項であり、これは明確性を欠き構成要件をあいまいにするものでこの点からも憲法三一条に違反する。

(六) (憲法三五条違反)

憲法三五条は住居の不可侵と捜索、押収に対する保障を定める。同条は刑事手続に限られず、本件処分にも適用されるところ、緊急措置法三条一項の使用禁止命令は同法三条三項とあいまつて住居の不可侵を侵し、令状によらない捜索を許すものでいずれも憲法三五条に違反する。

4  本件処分により生じた損害

本件処分は本件工作物を集合の用に供することを禁じ、その実効のために職員の無令状の立入調査(緊急措置法三条三項)、封鎖措置(同条六項)、除去措置(同条八項)、罰則(同法九条)を伴なうものであつた。

右の違法・違憲な本件処分により原告らには次のような損害が生じた。

(一) 慰謝料関係

(1) 原告らが本件処分の対象者とされたことは、緊急措置法当時の政府、各議会内政党の論調からすれば原告らは「暴力主義的破壊活動者」と一体であり、即ち「過激派」であつて、過激派が昭和五三年三月二五日の管制塔制圧をやつたために成田空港の開港がおくれたのだから開港時期が遅れた責任は原告らにあるという社会的評価を原告らに生じさせたことを意味する。しかしながら新空港の開港が延び延びになつた理由は政府、公団の当初からの計画のズサンさ、現地農民との間で民主的な手続を踏むことなく一切を警察力で処理しようとしたが、警察警備に失敗したことによるのであつて、決して原告らに責任があるわけではない。

ところが原告らを本件処分の対象者とすることは開港時期の遅れに関する政府・公団の責任を原告らに転嫁し、それを社会的に評価付けさせるものであつた。

これにより原告らの名誉は著しく毀損されることになつた。

(2) 原告らは本件処分により平穏かつ自由な使用状況とは異なり不安な使用状況にさらされることになつた。これは被告らからする原告らの本件工作物の所有権・占有権に対する侵害である。

(ア) 原告石丸修三らの居住の場は前述の立入調査等にいつ直面するかもわからない状態にされた。即ち原告らはプライバシーの侵害の不断の危険にさらされることになつた。

(イ) また原告らが自己の意思でその動員規模を自由に決定して行なつてきた援農作業も封鎖措置等の圧力から事実上制限せざるを得なくなり、その結果原告らの意思に反する規模でしか援農ができなくなり、その点で精神的な苦痛を味わつたばかりでなく、原告反対同盟の構成員にとつては本件工作物は貴重な農作業労働力の集約の場でもあつたが、これが制限された結果農作業の遅れが生じ、そのことにより自己の農民としての生活に大きな不安を抱かざるを得なくなつた。(原告反対同盟にとつてその構成員の生活不安は当然組織としての原告反対同盟の不安でもある。)

(ウ) 原告らは職員の立入調査によつていつ踏み込まれるかも知れないという危惧から討論・集会の設定を制限せざるを得なくなり、また討論・集会もそうした不安の下で行なわざるをえなくなり、その結果自己の集会の自由を侵害され精神的な苦痛を味うことになつた。

(エ) 同じく職員の立入調査への不安から事務所としての機能を縮小せざるを得なくなり、自由な事務所使用を妨げられた結果原告らは精神的な苦痛を被ることになつた。

(3) 原告反対同盟は新空港反対運動のやま場として再設定された開港日である昭和五三年五月二〇日に向け全国から多数の労働者、学生、市民を結集させるべく準備していたが、本件処分の対象とされたことにより広汎な労働者、学生、市民との関係を分断され、これを回復するにつき多大な努力を要することとなり、また本件工作物の使用状況が右(2)のごとくなつたため本件建物の本来の目的である成田空港建設反対運動の拠点としての効用を生かすことができなくなり、その結果反対運動の団結が不当に侵害されることとなり、それにより精神的な苦痛を被ることになつた。

(4) 以上(1)ないし(3)はいずれも原告らに慰謝料請求権を発生させるものであり、とりあえず原告らは慰謝料として金三〇〇万円を請求する。

(二) 利用の制限による物的損害

原告らは本件工作物の所有者・管理者として援農参加者や闘争参加者を本件建物に宿泊させたり、集会場として利用させて来た。原告らはその際使用料名下で一人当り一〇〇〇円を徴収しており、また一日当り最低一名の利用者があつたところ、本件処分の結果右利用を制限せざるを得なくなり、使用料名下の金員を得ることができなくなつた。

従つて原告らは本件処分による本件工作物の使用制限による得べかりし利益を喪失することになつた。そこで原告らは右得べかりし利益のうちさしあたり賃料相当額を参考とし、一か月金二〇万円を損害賠償として請求する。

5  結語

以上のとおり、本件処分は違憲、無効であるので、原告らは、甲事件について被告運輸大臣に対し本件処分の取消を、乙事件について被告国に対し慰謝料金三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに右同日から本件処分が失効するまで一か月金二〇万円の割合による損害金の支払を求める。

二  被告運輸大臣の本案前の申立理由

本件処分は昭和五三年五月一六日被告運輸大臣により本件工作物の所有者、管理者及び占有者に対し緊急措置法三条一項の規定に基づき昭和五四年五月一五日までの間本件工作物を同項一号の用に供することを禁止するものとして発せられたものであるところ、本件処分は同日の経過とともに失効した。

そこで本件処分の取消を求める原告らの訴はその目的を失い、訴の利益を欠くに至つたから却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求原因1は本件処分が「原告らに対して」なされたとの点を除き、その余は認める。本件処分は本件工作物の所有者、管理者、占有者に対してなされたものである。

2  同2の(一)は不知、(二)は認める。

3  同3の各主張はいずれも争う。

4  同4はいずれも否認する。

5  被告らの主張は次のとおりである。即ち、

(一) 本件処分を発するに至つた経緯

(1) 新東京国際空港は昭和四一年七月四日の閣議決定に基づきその建設が進められ、運輸大臣は昭和五二年一一月二八日に新空港の供用開始期日を昭和五三年三月三〇日とする旨の告示(昭和五十二年運輸省告示第六百八号)を行い、以後各方面において開港のための最終的準備が進められてきた。ところが昭和四三年頃から革命的労働者協会(以下「革労協」という。)、革命的共産主義者同盟全国委員会(以下「中核派」という。)、日本革命的共産主義者同盟(第四インター日本支部、以下「第四インター」という。)、プロレタリア青年同盟全国協議会(以下「プロ青同」という。)、共産主義者同盟(以下「共産同」という。)等の極左暴力集団は新空港建設実力阻止を標ぼうし、新空港周辺地域において本件工作物を含むいわゆる「団結小屋」又は「要塞」等を設け、これを拠点として過激な破壊活動を繰り返し、昭和五三年三月二六日には第四インター、共産同戦旗派、プロ青同所属の約一五〇〇名が新空港内に火炎車を突入させるとともに同空港内に乱入して火炎びんを投げ、更に同空港管制塔内に乱入し、管制機器を破壊し、同月三〇日に予定されていた新空港の開港を延期するのやむなきに至らしめたことは公知の事実である。

(2) 極左暴力集団のこのような暴挙は法と秩序に対する重大な挑戦であり、法治国家において許されないものであることはいうまでもなく、右の事態に対し政府においては昭和五三年三月二八日「新東京国際空港の開港が極左暴力集団の破壊行為により一時延期のやむなきに至つたことは極めて遺憾である。このような暴挙は単なる地元一部農民による反対運動とは全く異質のもので、法と秩序の破壊であり、民主主義体制そのものに対する重大な挑戦であつて、断じて許すことはできない。政府はこの際極左暴力集団の徹底的検挙・取締りのため断固たる措置をとることとし、開港後を含めた長期警備体制の一層の強化を図るとともに管制塔をはじめ空港を不法な暴力から完全に防護するため更に空港施設の整備を図る等各般にわたる抜本的対策を強力に推し進める決意である。国民各位をはじめ広く内外関係者の御理解と御協力をお願いする。」旨異例の声明を発し、また国会は衆議院においては同年四月六日全会一致で、参議院においては同月一〇日全党一致で、「去る三月二十六日の成田新東京国際空港における過激派集団の空港諸施設に対する破壊行動は明らかに法治国家への挑戦であり、平和と民主主義の名において許し得ざる暴挙である。よつて政府は毅然たる態度をもつて事態の収拾に当たり、再びかかる不祥事をひき起こさざるよう暴力排除に断固たる処置をとるとともに地元住民の理解と協力を得るよう一段の努力を傾注すべきである。なお政府は新空港の平穏と安全を確保し、我が国内外の信用回復のため万全の諸施策を強力に推進すべきである。」旨の「新東京国際空港に関する決議」をそれぞれ採択し、国民を代表して極左暴力集団の暴力を非難する意思を明らかにした。

(3) そして被告運輸大臣は破壊された管制機器の修復の見込み、新空港の安全確保措置の実現の見込み等を勘案し、昭和五三年四月七日付けをもつて改めて新空港の供用開始期日を同年五月二〇日とする旨の告示(昭和五十三年運輸省告示第百九十五号)を行い、政府は全力を傾けて新空港の安全の確保を図るための措置を講ずることに努めるとともに、国会においても前記のような事態に対処し、新空港及びその周辺における暴力主義的破壊活動を防止するため議員提案による緊急措置法を成立(同年五月一三日公布、同日施行)させた。

(4) ところが極左暴力集団は右開港延期後も依然として「開港実力阻止」を叫び、その機関紙等において「五・二〇 三里塚開港爆砕へ」「三・三〇 開港を爆砕! 空港完全爆砕へ!」(革労協機関紙「解放」昭和五三年四月一日・一五日号)、「五・二〇「開港」を粉砕せよ」「完全廃港へ進撃せよ!」(第四インター 機関紙「週間世界革命」同月一〇日号)、「五・二〇「出直し開港」を実力阻止せよ、反対同盟先頭に巨万の空港包囲―突入―占拠闘争を実現せよ」(同紙同月一七日号)、「空港を破壊せよ」「死力を尽し五月決戦勝利へ、権力の治安弾圧を真向爆砕し、無制限ゲリラ戦争の強襲を」(中核派機関紙「前進」同年四月一七日号)などと呼号し、空港開港阻止のためには新空港及び空港関連施設はもちろん政府諸機関等に対するゲリラ活動をも辞さない構えを示し、広島県佐伯郡沖美町広島NDB(無指向性無線標識施設)に放火し(昭和五三年五月二日)、千葉県成田市佐倉VOR(超短波全方向式無線標識施設)に放火し、これを損壊する(昭和五三年五月一三日)等過激な破壊活動を反復した。

このような状況からして緊急措置法の目的に照らし暴力主義的破壊活動者の集合の用に供されるおそれがある本件工作物についてその用に供することを禁止する必要があるものと認め、被告運輸大臣は本件処分を発するに至つた。

(二) 緊急措置法の憲法適合性

緊急措置法は前述のような事態にかんがみ、当分の間新空港若しくはその機能に関連する施設の設置若しくは管理を阻害し、又は同空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するためその活動の用に供される工作物の使用の禁止等の措置を定め、もつて同空港及びその機能に関連する施設の設置及び管理の安全の確保を図るとともに航空の安全に資することを目的として国会において慎重審議の上、憲法に適合するものとして制定されたものである。

(1) 憲法二一条、二二条

憲法二一条一項が集会の自由を保障し、同法二二条一項が居住の自由を保障しているのは公共の福祉に反するような不当な目的又は態様のものでない限り集会及び居住は国民の自由としてこれを保障しようとするものであつて、公共の安全を確保するために必要がある場合に合理的な範囲内においてこれらを制限することを許さないものではないと解すべきである。

しかして緊急措置法は前述のとおり新空港の安全確保等を目的とする法律であつて、その三条一項は所定の工作物について一号ないし三号に定めるような多数の暴力主義的破壊活動者の集合等の用に供され、又は供されるおそれがあると認めるとき被告運輸大臣は当該工作物の所有者、管理者又は占有者に対して期限を付して当該工作物をその用に供することを禁止することができる旨を定めているのであり、このような措置は公共の安全を確保するために必要かつ合理的な範囲内のものというべきであり、これにより当該工作物における破壊活動者等の集会及び居住が制限される結果になるとしても、それはなんら前記憲法二一条一項及び二二条一項の定める集会及び居住の自由の保障に反するものでないことは明らかである。

(2) 憲法二九条

基本的人権といえども公共の福祉の要請から必要な限度で一定の制約を受けることは憲法自体が是認しており、ことに財産権については憲法においても「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに法律でこれを定める。」(二九条二項)と明定されており、公共の福祉に適合するように財産権の行使の仕方を法律で規制することは憲法上当然に許されるのである。

同条はまた「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用ひることができる。」(三項)とも定めており、私有財産について正当な補償の下に制限を加えることを認めている。

そして緊急措置法三条一項はまさに前述のような異常な事態にかんがみ、新空港及びその機能に関連する施設の設置及び管理の安全の確保を図るという同法の目的を達するため一定の工作物及び物件について被告運輸大臣において財産権の制限ができる旨を定めているのであり、右の制限は合理的な制限というべきであるから憲法二九条に違反するものではない。

(3) 憲法三一条

憲法三一条は元来、直接には刑事手続に関する保障を定めたものと考えられるが、その底を流れる精神からして行政手続についてもそれが単に行政手続であるとの理由のみで当該手続における一切の強制がこれらの保障のわく外にあると考えるべきではないことはいうまでもない。しかし刑事手続と行政手続とはその性質におのずから差異があり、行政手続にあつては処分の目的、性格や、それによつて制約を受ける国民の権利の内容及び制約の程度・態様は多種多様であつて、必ずしも常に事前の弁明や防禦の機会が保障されなければならないわけはなく、それぞれの処分の目的、性格等に照らして合理的かつ適正と認められる手続によれば足りるものであり、また事情の明白性又は事態の緊急性のために通常の手続をふむ必要性ないしその余地がないと合理的に認められるような場合にはその手続をふまなくてもよいこととしても同条の精神に反することにはならないと考えるべきである。

緊急措置法はまさに前述のとおり異常かつ緊急な事態にかんがみ、新空港等の安全を確保するために、これに必要かつ合理的な範囲で財産権を制限するものであり、事前の弁明や防禦の機会を保障していないこともやむをえないものとして是認されるべきものというべきである。また同法三条一項の定める要件も明確である。緊急措置法三条一項及びこれに基づく本件処分はなんら憲法三一条に違反するものではない。

(4) 憲法三五条

憲法三五条はもつぱら刑事手続に関するものであり、行政手続には直接適用はない。もつともそれぞれの性質に応じてその精神は生かされるべきであるから、緊急措置法においてもその三条四項は三項の規定により当該工作物に立入りをする職員はその身分を示す証明書を携帯し、関係者に提示しなければならないと定めているのである。

したがつて緊急措置法三条一項の命令は同条三項とあわせてみても憲法三五条に違反するものではない。

(三) 本件処分の適法性

本件処分は緊急措置法三条一項に基づき発せられたものであるが、以下に述べるとおり同項に規定する要件にいずれも該当する適法なものである。

(1) 本件工作物は千葉県成田市木の根字東台二一五番地上に所在する木造プレハブ二階建の建築物(以下「小屋」という。)一棟及び木造、平家建の建築物一棟並びに木造やぐら一基であり、緊急措置法二条三項の規制区域内に所在している。

(2) 本件工作物は新空港設置に反対し、その実力阻止を唱え、過激な行動を繰り返している極左暴力集団である革労協により昭和五二年七月に「三里塚におけるわが解放派の一大拠点であると同時に、開港阻止に向けた不抜の前進基地として打ち固められるであろう」ものとして建設されたもので、革労協では「木の根団結砦」と称しており、その木造やぐらには「二期工事絶対阻止」の看板が掲げられ、革労協はその機関紙「解放」(昭和五三年四月一・一五日号)において「五月二〇日の開港を阻止し、空港完全爆砕に向けて突き進め」と呼号していた。

(3) 本件工作物には昭和五二年七月ころから同五三年五月ころにかけて数名ないし数十名の者がたびたび出入りしているが、その中には新空港設置反対闘争に関連して兇器準備集合罪、警察官に対する公務執行妨害罪等により検挙された者らがいる。

(4) また昭和五三年三月二七、二八日ころには革労協及びそれに所属する全国反帝学生評議会連合(反帝学評)等の着用する青色ヘルメツトを着用した約四〇人の者が本件工作物の前あるいは敷地内においていわゆる武闘訓練や長さ三メートル位の旗竿を用いた突撃訓練をしたり小屋内に入つたりしている。

(5) また昭和五三年五月一二日ころ本件工作物内には革労協所属の団体(反帝学評、社青同、解放派)の名等を記したヘルメツト着用者を含む一一名がおり、同種のヘルメツトが散乱し、多数の竹竿が保管されていた。

(6) 以上のような事実及び前述のような新空港をとりまく緊迫した諸情勢等から、本件工作物は革労協に所属ないしこれに同調する多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供されるおそれがあるものと認められたのである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  緊急措置法の合憲性

原告らは、緊急措置法は法全体として違憲無効であるとともに、同法のうち本件処分の根拠となつた三条一項一号は、憲法二一条一項の集会の自由の保障、二二条一項の居住の自由の保障、二九条一項、二項の財産権の不可侵、三一条の正当手続の保障、三五条の住居の不可侵に反し、無効であると主張する。

まず、緊急措置法は法全体として違憲無効であるとの主張について判断するに、同法は、同法一条及び原本の存在及び成立に争いのない乙第二ないし第六号証によつて明らかなように、昭和五三年三、四月当時新空港及びその周辺において暴力主義的破壊活動が頻繁に行われていたという異常な事態にかんがみ、当分の間、新空港もしくはその関連施設の設置もしくは管理を阻害し、又は新空港もしくはその周辺における航空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するため、その活動に供される工作物の使用禁止等の措置を定め、これによつて新空港及びその関連施設の設置及び管理の安全の確保を図るとともに、航空の安全に資することを目的として緊急に制定されたものであつて、目的自体に違憲性、反社会性がないことはいうをまたないし同法はその目的、性質上、国会において短期間で迅速な審議によつて成立したのであり、審議その他法制定の手続になんら法全体を無効とするような瑕疵は認められない。

次に、緊急措置法三条一項一号が憲法二一条一項の集会の自由の保障に反するものであるとの主張について判断するに、確かに緊急措置法三条一項一号によつて所定の工作物につき多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することを禁止されたときは当該工作物で行われる集会の一部は法律上できなくなるが、同条項による禁止命令は所定の工作物について同法の前記目的を達するため期限を付して多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することに限つて禁止を命ずるものであつて、暴力主義的破壊活動者についての緊急措置法二条一項、二項の厳格な定義規定によつて考えるならば、公共の安全を確保するため所定の工作物につき右のような暴力主義的破壊活動者の定義に該当する者の集合の用に供することを禁止することはそれらの者の法によつて保護されるべき正当な権利、法益を侵害するものとはいえず、なんら憲法二一条一項の集会の自由の保障に反するものでないことは明らかである。ただし、緊急措置法三条一項一号にいう「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用」の集合とは、暴力主義的破壊活動者の行う一切の集合を意味するのではなく、これらの者が暴力主義的破壊活動に関連して行う集合を意味するものと解すべきであり、これらの者が暴力主義的破壊活動とは関連なく行う集合まで含ましめて解すべきではない。

なお、緊急措置法三条一項一号は憲法二二条一項の居住の自由の保障に反するものでもない。けだしその物理的状況からして複数の者が寝起きし居住が可能な工作物について多数の暴力主義的破壊活動者が暴力主義的破壊活動の目的でこれに居住することは長期的継続的な集合といえるから、同法三条一項一号の禁止の対象となる。しかし公共の安全を確保するため、所定の工作物につき多数の暴力主義的破壊活動者が暴力主義的破壊活動をすることに関連して居住することに限つて禁止することは、当該工作物の使用者等が当該工作物に居住することについて法によつて保護されるべき正当な権利、法益をなんら侵害するものではなく、また当該工作物につき他の本来的な居住の用に供することを禁止したものでもないからである。

つぎに緊急措置法三条一項一号が憲法二九条一項に定める財産権不可侵に反し、かつ同条二項に定める「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」との趣旨に反するとの主張について判断するに、緊急措置法三条一項一号は、前判示のように、所定の工作物につき多数の暴力主義的破壊活動者が暴力主義的破壊活動に関連して行う集合の用に供することに限つて禁止しうる旨を定めたものであり、当該工作物につきその通常の用途に従つて適法な集会、宿泊施設、事務所等の用に供することを禁止しうる旨を定めたものではないから、所定の工作物につきこれらの者の右のような集合に限つて禁止しうる旨の定めがその財産権の正当な行使、利用を奪うものとはいえず、財産権の侵害に該当するものでないことは多言を要しない。また、原告らは同法三条一項一号にいう「暴力主義的破壊活動(者)」が要件として不明確で、それらの認定を運輸大臣に包括的に委任することは、憲法二九条二項の「法律による定め」とはいえないと主張するが、緊急措置法はその二条一項、二項で暴力主義的破壊活動(者)について厳格な定義と具体的な要件を定めており、不明確な要件とはいえず、原告らの右主張は失当である。

つぎに緊急措置法三条一項一号は事前の弁明や防禦の機会の保障の規定を欠き憲法三一条の正当手続の保障に反するとの主張について判断するに、緊急措置法の制定の目的の公共性及び緊急性と同法三条一項一号による財産権制限の程度態様とを比較して考えるならば、同法三条一項一号による禁止命令が事前の弁明や防禦の保障をしていなくとも、これを是認することができ、憲法三一条に違反するものとはいえない。なお、緊急措置法三条一項一号の要件が不明確でないことは前記に判示したとおりである。

つぎに、緊急措置法三条一項一号は同法三条三項の立入りを認める規定とあいまつて憲法三五条の住居の不可侵に反するとの主張について判断するに、憲法三五条の住居の不可侵は本来主として刑事手続について司法による事前の抑制を要求したものであり、その精神はできるだけ行政手続についても必要に応じて尊重されるべきであるが、当該行政手続の目的の公共性、緊急性、その強制の程度、態様、被立入者の受けるべき不利益の内容等の諸点を総合勘案して裁判官の令状の要否が区別されるべきものであり、同法三条三項によつて同条一項一号の禁止命令の発せられた工作物に立入るには右の観点に照らし裁判官による令状を必要としないものと解するのが相当であり、人権に対する配慮としては同法三条四項が同条三項による職員の右工作物への立入りに際し身分を示す証明書を携帯し、関係者に提示しなければならないと定め、かつ特に同条五項で右立入りの権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないとの規定を設けているのであり、これをもつて足るものと解せられる。同法三条一項一号、三項は憲法三五条ないしその精神に抵触するものではないというべきである。

二  甲事件に対する判断

被告運輸大臣の本案前の申立につき、判断するに、被告運輸大臣が昭和五三年五月一六日本件工作物は緊急措置法三条一項一号の用に供されるおそれがあると認められるとして、同項の規定に基づき昭和五四年五月一五日までの間本件工作物を同項一号の用に供することを禁止する旨の処分、即ち本件処分をなしたことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件処分は禁止を命ぜられるべき者を確知することができないとして本件工作物の所有者、管理者及び占有者宛になされ、その旨の公告は同日付の新聞紙に掲載することによつて行われたことが認められる。

右事実によれば、本件処分の効力は昭和五四年五月一五日の経過により失われたものということができ、かつ、原告らになお本件処分が取消されなければ回復されない法律上の利益があると解することもできない。してみると、原告らの本件処分の取消を求める訴はその利益を欠くものとして却下を免れない。

三  乙事件について

次に原告らの被告国に対する損害賠償請求につきまず原告ら主張の損害について検討する。

原告ら主張の損害とは、(1)原告らが本件処分の対象とされたことにより「暴力主義的破壊活動者」と一体のいわゆる「過激派」であつて、過激派が昭和五三年三月二五日管制塔を制圧したために空港開港が遅れたのであるから、その責任は原告らにあるという社会的評価を原告らに生じさせて、原告らの名誉を著しく毀損させ、(2)また原告らは本件工作物が立入調査によつていつ踏み込まれるかも知れないというプライバシーの侵害の不断の危険にさらされて、その使用につき精神的に躊躇を感じざるを得なくなり、援農作業の動員規模、討論、集会の設定を制限され、空港反対運動に向けての全国からの多数の労働者、学生、市民との関係を分断されるなど、本件工作物の本来の目的である空港建設反対運動の拠点としての効用を生かすことができなくなり、それにより精神的苦痛を被り、更に、援農参加者や闘争参加者を本件工作物に宿泊させたり、集会場として利用させ、使用料名下で一人当り一〇〇〇円を徴収しており、一日当り最低一名の利用者があつたところ、本件処分により右利用を制限せざるを得なくなり、使用料を得ることができなくなつたというにある。

しかしながら、前認定のとおり(1)については、本件処分はこれを命ぜられるべき者を確知することができないために具体的名前を挙げることなく公告されたものであり、原告らと本件処分を受ける者との結びつきを公然と摘示したものではなく、(2)については既に第一項で判示したところから明らかなように、本件処分は本件工作物を一年間緊急措置法三条一項一号の用、即ち多数の暴力主義的破壊活動者が暴力主義的破壊活動に関連して行う集合の用に供することを禁止したにすぎないのであつて、原告らが本件工作物を右以外の用として、集会用、生活用、事務所用、宿泊施設用等として一般的に使用することは全く制限されていない(なお、原告らは本件処分後も本件工作物を自由に使用してきたことを自認している。)のであるから原告らに財産上の損害が生じうる余地はない。

してみると、原告らの損害賠償を求める請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がなく棄却を免れない。

四  以上の次第で、原告らの被告運輸大臣に対する請求はいずれも不適法として却下し、被告国に対する訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山崇 塚原朋一 小倉正三)

別紙目録〈省略〉

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